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菊地信義│きくちのぶよし)
昭和18年東京都生まれ。
装幀家。多摩美術大学中退。
昭和52年に装幀家として独立後、
詩集、単行本、文庫本、全集など、
1万冊を超える書籍の装幀を手掛ける。
第22回歴程賞、
第19回講談社出版文化賞を受賞。
主な著書に『菊地信義 装幀の本』
『装幀=菊地信義の本』『樹の花にて』
『装幀思案』などがある。

装幀の出前 菊池信善 装幀家

 装幀の出前をした。正確には依頼先へ出向いて装幀を仕上げたのだから、装幀者を出前したと言うべきか。
 ことのはじまりは山形県酒田の「SPOON」誌編集部からの手紙。創刊以来6年、連載する随筆を本にしたい。ついては装幀者が原稿を本に仕立てるすべを体験したい。雑誌の編集やデザインの経験はつんだが本を作ったことがない。装幀依頼の文面にいちずな本への思いが溢れていた。さてどうしたものか思索する間もなく原稿の束が届いた。
 著者の佐藤公太郎さんは明治生まれで生粋の酒田人。官吏として携わった市史編集の過程で捨てられてしまう資料がいとおしく、齢五十を機に「みちのく豆本」を主宰。以来、38年間に130冊余を刊行する。
 戦時中、酒田へ疎開した児童の慰問に始めた昔話の語り、戦後も伝承昔話の語り部としてつとに知られる。一方、将棋七段の免状を持ち玉川遠州流という大名茶の師匠でもある。
 「書痴、棋狂、茶癲」を自称する公太郎さんの随筆「粋狂談義」は土地言葉を自在に操って、大正から昭和の酒田の街のたたずまいや年中行事、自らの読書体験、昔話や豆本のことなどが綴られている。
 いずれもめずらしくも懐しい話だが、読み進むうち、地域や時代をこえてこまやかに生きる人のぬくもりに包みこまれてしまう。時にさりげない寸言へ立ち止まらせもする。酒田の桜の消長を記した一篇にこんな一言がある。日支事変の折、花見などする時勢ではないと片端から桜が切り倒され薪にされた。「切ることの好きな人が先頭に立ったせいか」
 寂たるをよしとする茶人の心ばせに誘われたといえば粋だが、1泊2日、それも休日を1日使う無粋な予定、朝一番の飛行機で酒田へ飛んだ。
 編集部は100年ほどの歴史をもつ印刷会社の一室。酒田へのおかえし、そんな社の考えを形にした「SPOON」は市内全戸へ無料で配布されている。主人公は酒田の街とここに暮らす人々。健気な決意が真当な編集・デザインの技と心を育くんだものか。
  • 酔狂談義

    佐藤公太郎著『酔狂談義』の
    上下巻を入れた函

  • 酔狂談義(上)

    『酔狂談義』(上)

  • 酔狂談義(下)

    『酔狂談義』(下)

 ひたむきなスタッフの対応で、判型や造本様式、本文の組体裁など本の骨格が問答を重ねて組み上がる。写真や注の有無が、目次や奥付け、ノンブルや柱といった本の細部にいたるまで、すべてが問われ、答えがそれぞれの形を結んだ。
 四六判、上製カバー装、上・下2巻の『粋狂談義』、姿が立ち上がる頃には日もだいぶかたむいて、装幀に関する取材もかね公太郎さんを訪ねる約束の時刻をとうにすぎていた。
 不作法者をおだやかな笑みが迎え、情味ある茶室へ案内され、てらいのない一服をいただいた。朝方、印刷は当社が引き受けていたと、社長が「みちのく豆本」の全冊を見せてくださった。その装幀を手がけた佐藤十弥さんの自在な表現に強く心引かれたむね口にすると、奥から箱を取りよせてこれは豆本の包み紙、これが会員への年ごとの賀状、どれも十弥さんが描いてくれたと少しはにかむようにして見せてくださる。
 いずれも地域や時代を感じさせない美しさをたたえる文字や図案がみごとに配されている。だからといって私的な美意識にあぐらをかいているものではない。公太郎さんの編集する一冊ごと、テーマを真向から受けとめ綾なした装幀の文字や図案同様、したたかなデザイン意識がもたらした仕事、滅私の端に咲いた花だろう。
 十弥さんは詩人でもあったし、画家とも呼ばれたが、酒田が生んだデザイナーの先覚者としてその全貌が明らかにされていい。スタッフとの夜食の席に加わってくれた酒田を起点に活躍するアートディレクターのM氏は、若い頃に十弥さんと面識があることもあって、深夜まで十弥さんとデザインの話に花が咲いた。「十弥さんが亡くなられた時、出版をやめようと思った」著者の深い思いにそって、十弥さんが残した図案を再利用し『粋狂談義』を包む、何やらしあわせな心地は、うまい酒田の酒と肴のためだけではなかった。
 翌朝、休日にもかかわらず集まってくれたスタッフの良くきたえた手とこまやかな心に助けられ、十弥さんの図案を存分に配した装幀案が設計図へ形をなしていく。文字を作ってくれる人、公太郎さんの写真を図におこす人、10年来のスタッフと仕事をしている、そんな気分にとらわれたのは、みな本を愛した先達と心通じていたのかもしれない。カバーや表紙、扉の設計図が完成、使用する紙を選び、色の指定を済ませた時分には帰る列車の時刻が近づいていた。
 ホームまで見送ってくれた一人一人の顔がまぶしくて、駅への道すがら立ちよった骨董店で求めた小僧の人形を車窓へ置いた。その店の看板文字も十弥さんの手になるものだった。
 夕日に染まった空が藍色に変わっていく。仕事の間合にいただいた珈琲の香りがふいに蘇る。光の余韻にだかれて小僧の姿がにじんでみえた。

『文藝春秋』1997年2月特別号に掲載された
菊地信義氏の「装幀の出前」より転載

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